【野村総合研究所】テレビ視聴の未来:コネクテッドTVが変える放送の形
【ディンコの一言】
野村総合研究所の調査報告は、日本の放送業界が直面するデジタルシフトの現実を、海外事例と国内の視聴者意識・利用状況から多角的に分析しており、非常に示唆に富んでいます。特に注目すべきは、CTV普及による視聴行動の変化と、それに対応するための「プロミネンス」の重要性です。コンテンツの偏りやフェイクニュースへの懸念が高まる中で、信頼性の高い放送コンテンツがユーザーに届きやすくする仕組みの構築は、単なる技術的な課題ではなく、社会の健全な情報流通を支える根幹に関わる問題と言えるでしょう。この報告は、放送と配信の融合が不可避である現代において、放送局、プラットフォーム事業者、デバイスメーカーが連携し、新たな視聴体験と公共的価値を創造していく必要性を強く訴えかけています。
野村総合研究所(NRI)が総務省より受託した「放送コンテンツのネット配信促進に向けた諸外国における仮想プラットフォーム事例等に関する調査研究」の発表資料が公開されました。この広範な調査は、コネクテッドTV(CTV)の普及が進む現代において、放送コンテンツがどのように視聴され、その価値がどのように認識されているかを、国際的な視点と国内の具体的なデータから詳細に分析しています。
変革期のテレビ視聴環境と「プロミネンス」の重要性
近年、スマートテレビやストリーミングデバイスの普及により、インターネット経由での動画視聴が一般化しています。これにより、NetflixやAmazon Prime VideoといったグローバルOTT(Over The Top)サービスが台頭し、従来の放送を中心とした視聴行動に大きな変化をもたらしています。このような状況下で、放送コンテンツが多様な情報の中で埋もれてしまわないようにするための「プロミネンス(顕著性確保)」の議論が世界的に活発化しています。本調査研究は、諸外国の取り組みを参考にしつつ、日本におけるプロミネンス制度のあり方や、CTV上での放送コンテンツのあり方を検討することを目的としています
加速する視聴行動の変化と高まる信頼性へのニーズ
報告書では、以下の5つの主要な調査結果が示されています。
諸外国における視聴データ等の取扱いに関する調査
米国や英国では、CTVの普及に伴い、従来の視聴率測定ビジネスが大きく変化し、スマートTVのビッグデータとパネル調査を組み合わせた「マルチカレンシー」化が進んでいます
。特にAmazonやWalmart/Vizioといった購買データを保有する事業者が、視聴データと自社購買データを組み合わせた広告ビジネスを展開し、新たな収益源を確立しています 。日本のスマートTV向けOSシェアではSamsungのTizen OSが世界1位、LGのWebOSが3位と高く、これらのメーカーも自社でFAST(Free Ad-supported Streaming TV)サービスを展開し、広告ビジネスに取り組んでいます 。
諸外国における放送コンテンツの制作・流通に関する調査
英国、ドイツ、フランス、米国、韓国といった各国では、グローバルOTTサービスの普及が進む一方で、放送局コンテンツが依然として高い視聴シェアを維持しています
。各国放送事業者は、IPライブ配信(同時配信)やオンデマンド配信を個社または業界プラットフォームとして積極的に推進し、海外展開も進めています 。特に韓国ではNetflixの莫大な投資が国内コンテンツ制作の構図を大きく変え、資金力のあるプレイヤーにコンテンツが集まる傾向が顕著です 。
諸外国における放送コンテンツのプロミネンスに関する調査
英国、フランス、オーストラリア、ドイツでは、プラットフォームの影響力拡大を受けて、信頼性・公共性の高い放送コンテンツへのアクセス向上や自国文化の維持・発展、放送事業者の持続可能性確保を目的としたプロミネンス制度が導入されています
。これらの制度では、CTV、セットトップボックス(STB)、ストリーミングスティックなどの機器におけるプラットフォームやEPG(電子番組ガイド)が主な実施場面とされ、テレビ受信機等上のユーザーインターフェースを提供する事業者に義務が課せられています 。欧州評議会は、「視聴覚メディアサービス指令」の改正を通じてプロミネンスの方針を示し、加盟国への普及を促しています 。
コネクテッドTV (CTV) 上の放送・インターネット配信に関する視聴者意識調査
日本国内のCTV利用者への意識調査では、視聴コンテンツの偏りや、ネット空間での偽・誤情報について3~4割が問題意識を持っていることが明らかになりました
。特に、「何が正しい情報か分かりづらい」「興味関心に合ったコンテンツばかり見てしまう」といった懸念が高まっています 。また、パーソナライズされずバランスよくコンテンツが表示されることを6割以上が求め 、信頼性の高い情報や災害に関する情報が目立つように表示されることを約7割が強く希望しています 。この「信頼性の高い情報」を提供する役割は放送に期待されており、その表示場所としてCTVのホーム画面を希望する声が過半数を占めました 。
コネクテッドTV (CTV) 上の放送・インターネット配信に関する利用状況調査
実際の視聴ログデータ分析からは、放送の視聴時間は2020年のコロナ禍をピークに減少し続けており、YouTubeの視聴時間が放送局1局分の視聴時間を上回る状況が確認されています
。地上波のニュース・報道ジャンルも緩やかに減少傾向にあります 。特に子供部屋のテレビでは、地上波の視聴時間が著しく減少し、YouTubeやHDMI経由の配信視聴、ゲーム利用が増加しており、若年層の放送離れが顕著です 。
信頼性の「可視化」が日本のメディアを救う
今回のNRIの報告書は、日本のメディア業界が喫緊で取り組むべき課題を浮き彫りにしています。それは、「信頼性の可視化」という新しい概念です。単に放送コンテンツをネット配信するだけでなく、情報が氾濫する中で「信頼できる情報」をいかにユーザーに「見つけやすく」し、「選ばれやすく」するか。これが、これからの放送が生き残るための鍵となるでしょう。
諸外国が法整備や業界横断的な連携でプロミネンスの確保に動いているように、日本においても、視聴者の「バランスのよいコンテンツ」や「信頼性の高い情報」へのニーズに応えるため、放送事業者、配信サービス事業者、そしてCTVプラットフォーム事業者が一体となった検討が急務です
特に、CTVのホーム画面が信頼性の高い情報表示の主要な場所として期待されている点は重要です
今後、この調査結果を基に、日本独自の状況に合わせたプロミネンスの枠組みが構築されることが期待されます。それは、単に放送を守るためだけではなく、民主主義社会における健全な情報流通を支え、国民一人ひとりの「情報的健康」を守るための、不可欠なインフラとなるはずです。継続的な意識調査や利用状況調査を通じて、実態に即した施策を打ち出し、変化の激しいメディア環境の中で日本の放送が新たな価値を創造していく未来に期待が寄せられます。
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