フジテレビWEPs署名:コンテンツと経営、メディア変革の試金石


 フジテレビジョンが「女性のエンパワーメント原則(WEPs)」に署名したというニュースは、単なる企業のCSR活動報告に留まらない、メディア業界全体、ひいては社会の「空気」を形成する上で極めて重要な一歩と捉えるべきでしょう。

今回の署名発表(2025年10月3日付)は、フジテレビが今年4月に設立したサステナビリティ経営委員会におけるWEPsの理念学習と経営課題としての深化を経てのものです。国連グローバル・コンパクトとUN Womenが策定したこの原則は、職場、市場、そして地域社会におけるジェンダー平等と女性のエンパワーメント推進のための7つの指針から成り立っています。発足から14年が経過し、世界190カ国以上で11,000を超える企業が署名しているWEPsですが、日本の主要なテレビ局が名乗りを上げたことの意味は大きい。これは、メディア企業が自らの公共性と社会的責任を改めて自覚し、ESG経営におけるジェンダー平等を中核に据えるという明確な意思表示に他なりません。

メディアコンテンツとジェンダー表現の変革

深掘りすべきテーマは多岐にわたります。まず第一に、「メディアコンテンツとジェンダー表現の変革」です。フジテレビは「社会に求められるコンテンツの提供」と「安心して働くことのできる職場の実現」を並列で掲げています。これは、WEPsの精神が単なる社内規定に終わらず、その企業が世に送り出すコンテンツ、つまり番組や報道にも明確に反映されるべきである、という強いコミットメントだと解釈できます。

現在の日本のメディアコンテンツにおけるジェンダー表現は、伝統的な性役割の描写から多様性の模索へと変化の途上にありますが、依然として課題が多く残されています。女性がバラエティ番組で「番組の花」として扱われたり、感想を述べる補助的な役割を担う一方で、男性は専門家や解説者、主人公など多様な役割を演じることが多いのが実情です。広告においても、「お母さん食堂」のような名称や「私、作る人。僕、食べる人」といった旧来の性別役割分業を強調する表現が過去には批判を浴び、「女性は運転が苦手」という先入観に基づいたトヨタのツイートや、性的描写の強い「萌えキャラ」が公共のポスターに使われたことで「ジェンダー炎上」を招いた事例は枚挙にいとまがありません。こうした炎上の背景には、メディア内部のジェンダーバランス、特に意思決定層における女性割合の低さ(日本のニュースメディアにおける女性編集トップの割合は2024年調査でゼロ)が影響していると指摘されています。フジテレビが今後、具体的にどのような番組制作ガイドラインを設け、いかに多様な視点を取り込んだコンテンツを生み出していくのか、その実践と視聴者の反応は、業界の新たなベンチマークとなるでしょう。

企業文化変革の実効性とその測定

次に注目すべきは、「企業文化変革の実効性とその測定」です。署名後、社内プロジェクトチームを中心に半年間のプログラムを実施し、サステナビリティ経営委員会の外部アドバイザーである大崎麻子氏監修のもと、「人権」と「人的資本経営」の2つのプロジェクトチームが国際基準に基づいた学習と実践を進めるという体制は、表面的な研修に終わらせないという意欲の表れです。大崎氏自身、2020年にWEPs日本語版ハンドブックを企画・制作し、長年国連開発計画(UNDP)でジェンダー平等を推進してきた経験を持つ、この分野の第一人者です。彼女は、第5回サステナビリティ経営委員会において、かつてフジテレビが直面した「女性の人権侵害を容認する風土」や「ガバナンスの脆弱性」を踏まえ、WEPsを実践に落とし込む必要性、そして「構造的な不均等」の是正のために経営層が旗振り役となる重要性を指摘しています。

社員の「行動変容」と「組織変革」を通じて「持続可能かつ包摂的な企業文化を形成すること」が最終目的とされていますが、これは抽象的な目標です。2026年3月を目途に「意識改革等の成果」を公表するとのことですが、この「成果」がどの程度定量的かつ透明性をもって開示されるのかは、注視すべきポイントです。例えば、女性管理職比率、育休取得率(男女別)、ハラスメント報告件数といった具体的な指標に加え、従業員エンゲージメント調査における多様性に関するスコアなど、実質的な進捗を示すデータが求められます。WEPsには、企業がジェンダー平等の進捗を測定・報告するための「透明性とアカウンタビリティのためのフレームワーク(TAF)」や「ジェンダー・ギャップ分析ツール(GAT)」が用意されており、これらを活用した国際基準での開示が期待されます。フジテレビはこれまでも女性活躍推進法に基づく行動計画を策定し、女性の割合や管理職比率で国の目安値を超えるなど一定の成果を上げてきました。また、パートナーシップ宣誓制度の導入や育休・時短制度の整備、テレワーク・時差出勤、ジョブリターン制度といった多様な働き方を支援する取り組みも進めています。これに加えて、WEPsに基づく具体的な数値目標と進捗が示されることで、その本気度が試されることになるでしょう。

フジテレビがこれを「経営の重要課題の一つ」と位置づけたことで、他のメディア企業にも同様の動きが加速する可能性があります。業界全体での横断的なDE&I推進の機運が高まるか、あるいは各社が独自路線を追求するのか、今後の動向がメディア業界の未来を左右するでしょう。

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