【MRI 三菱総合研究所】放送コンテンツのネット配信促進に向けた仮想プラットフォームの構築に関する調査研究の報告

 

【ディンコの一言】
今回の三菱総合研究所の報告は、コネクテッドTV時代における放送の生き残り戦略を明確に示唆しています。特にTVerとNHKプラスの連携による「仮想プラットフォーム」の検証は、公共放送と商業放送の垣根を越え、視聴者中心のサービス設計へと舵を切る画期的な取り組みです。これは単なる技術検証に留まらず、情報過多の時代における「信頼性の高い情報」へのアクセスを保障するという、放送本来の社会的使命をネット空間で再定義しようとするものです。社会実装には運営体制やビジネスモデル、権利処理など多くの課題が残るものの、その先には放送コンテンツが多様な形で国民に届けられる未来が期待されます。


三菱総合研究所が総務省の令和6年度事業として実施した「放送コンテンツのネット配信促進に向けた仮想プラットフォームの構築に関する調査研究」の成果報告書が公開されました。この調査研究は、インターネットの普及により情報空間が広がり、フェイクニュースやフィルターバブルといった問題が顕在化する中で、「放送の価値」、すなわち取材や編集に裏打ちされた信頼性の高い情報発信の重要性が高まっている現状認識からスタートしています。


コネクテッドTV時代における放送の「プロミネンス」

近年、コネクテッドTV(インターネット接続機能を持つテレビ)の普及やチューナーレステレビの登場により、視聴者のテレビ視聴環境は大きく変化しています。従来の放送波に加え、TVerやNHKプラスといった配信サービスを通じて番組を視聴するスタイルが定着しつつあります。しかし、多様な配信サービスが乱立する中で、放送コンテンツが埋もれてしまう「プロミネンス(顕著性)」の課題が浮上していました。この調査研究は、こうした背景を踏まえ、放送コンテンツへのアクセス性を向上させ、情報空間全体における健全性を確保することを目的としています。


TVerとNHKプラスの融合、そしてローカル局の挑戦

本調査研究では、主に以下の5つの調査項目と利用者受容性調査が行われました。

  1. 仮想プラットフォームの検証

    • TVerを母体としてNHKプラスの番組コンテンツを統合表示するコンセプトモデルが構築されました。これにより、ユーザーはTVerアプリからNHKプラスのコンテンツもシームレスに視聴できるようになります。会場調査では、回答者のほぼ全員がこの連携による利便性を評価し、約9割が興味を示しました。特に「ニュース」ジャンルの追加には高いニーズが確認され、見たい番組が決まっていなくてもサービスを利用する機会が増える可能性が示唆されました。

  2. チューナーレス端末等向け放送同時配信等の検証

    • チューナーレステレビ利用者の約50%が「配信サービスのコンテンツ視聴がメイン」と回答する現状を踏まえ、民放5系列とNHKそれぞれの同時配信アプリ(モックアプリ)の利便性が検証されました。約8割が利用意向を示し、「放送が始まっていても番組冒頭から視聴できる」機能に高いニーズがあることが判明しました。

  3. テレビ受信機向け放送通信連携機能の検証

    • データ放送とCTVアプリの連携を強化するARIB TR-B14 6.10版の新仕様に基づき、放送から配信へ、また配信から放送へのスムーズな遷移機能が検証されました。特にスポーツ中継の「番組リレーリンク」や、地上波番組からTVerのコンテンツ一覧への「系列リンク」に高いニーズが確認されました。災害時の緊急ニュース表示と連携するポップアップについても、高い分かりやすさが評価されています。

  4. 放送コンテンツ等のプロミネンス手法の検証

    • テレビメーカーのプラットフォーム(商用環境)でTVerとNHKプラスのバナーを目立つ位置に配置した結果、起動回数が増加し、動線強化の効果が定量的に確認されました。また、「プロミネンスの在り方に係る実務者協議会」が設置され、放送事業者やテレビメーカーなどが参加し、プロミネンスの目的や手法について議論が重ねられました。

  5. ローカル放送局の放送コンテンツへのアクセス性向上に資する取組の検証

    • 名古屋の民放5局が共同運営する「Locipo」をベースに、ハイブリッドキャストを用いたローカルコンテンツ配信のデモ環境が構築されました。放送視聴画面から簡単にローカルコンテンツにアクセスできる仕組みは、高い受容性を得ており、地域情報の埋没を防ぐ新たな可能性を示しています。

これらの取り組みは、海外の事例、例えば英国のオンラインプロミネンス制度やイタリアのスマートTVにおけるテンキーリモコン搭載義務化といった動きとも共通する、信頼性の高い情報へのアクセス確保と自国文化保護の重要性を背景にしています。

日本の情報空間の未来を拓く「仮想プラットフォーム」

今回の調査研究で示された「仮想プラットフォーム」の構想は、日本のメディア産業にとって極めて重要な意味を持ちます。特に、NHKと民放が連携し、公共的価値の高い放送コンテンツを一元的に提供しようとする姿勢は、分断されがちなネット空間において、信頼性の高い「社会の基本情報」を国民に届けるという公共的使命を果たす上で不可欠なステップです。

一方で、社会実装に向けては、運営体制、ビジネスモデル(広告収入と受信料モデルの融合、プライバシーポリシーの差異)、そして放送とは異なる権利処理といった、多岐にわたる課題が浮き彫りになっています。 特に、OS事業者からは「法制度による優先表示の義務化には違和感がある」との意見も出ており、競争原理と公共的価値のバランスをどう取るかが今後の焦点となるでしょう。

しかし、今回の検証結果が示す高い利用者受容性は、これらの課題を乗り越える大きな原動力となります。視聴者が「便利」と感じ、実際に利用機会が増えるのであれば、ビジネスモデルの構築や権利処理の円滑化に向けた具体的な議論も進めやすくなります。

今後は、国による制度整備の後押しと、NHK・民放間の経営レベルでの継続的な協議が不可欠です。コネクテッドTVの普及が進む中で、日本の放送コンテンツがその価値を最大限に発揮し、国民の情報的健康に寄与する「情報インフラ」としての役割を確立できるか。今回の調査研究は、その未来を切り拓くための、まさに第一歩と言えるでしょう。

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